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『三国志 十一』
死に方で変わる、その人の人生。



 死とは、人生の最後を飾るもっとも重要な瞬間である。
それをどう迎えるかによって、その人の印象が変わる。
三国志では多くの人物が登場する。
その数だけ、死に方もざまも様々だ。

 陳礼は戦場で散った。
軍人なら戦で死ぬことを望む。
雄々しく闘って迎える最期は、男らしくてかっこいい。
しかし、陳礼の場合は、若さゆえの過ちだととらえられる。
独断でつっこんだ結果大敗。
その前にいくら目覚ましい働きをしていても、人は最後の過ちの方を記憶に刻む。
陳礼の死には、やはり若かったか・・・という後悔がつきまとう。

 劉備は病で亡くなった。
呉に敗れてそのまま死んでいれば、劉備の死には大敗のイメージがつきまとっただろう。
大敗後、劉備は気力がなえ、いつ死んでもいいと投げやりになっていた。
しかし、爰京の力を借り、最後に気力を取り戻す。
そして、蜀のその後をしっかりと語った後、死んでいった。
劉備の死には、負けても、最後まで蜀をおもった素晴らしい帝というイメージがつく。


 死に方によって、その人の印象はがらっと変わる。
人生でもっとも重要な瞬間は、死であると気づかされる。




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【2012/02/12 22:22】 | | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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